読売ウイークリー 2000年12月24日号 掲載

重役教授はベンチャーで稼ぐ!!  −ロボット、ゲノム・・・研究室は宝の山−

ロボット&IT、遺伝子解析の技術など大学研究室にある“宝”を生かし、企業化しようと国立大学教員の「代表取締役教授」が出現している。今年4月に国立大学の役員兼業が解禁されたからだ。すべては国のベンチャー企業振興のため。しかし、裏には大学のリストラも見え隠れする。はたして、「代表取締役教授」たちのベンチャーは離陸するだろうか。

   

和歌山大学システム工学部の石黒浩・助教授(37)は、知能ロボット開発の研究者。人間と対話をめざしたロボット「ロボビー」(ATR知能映像研究所)の開発にも参加している。その石黒助教授が今年10月、ある決断をした。

自らの特許を使った製品の販売とシステム開発を行う新設のベンチャー「ヴイストン」の「代表取締役」に就いたのだ。石黒助教授は、こう語る。「失敗するかもしれません。ただ、挑戦してみないことには、またどこかの時点でビジネスの可能性を試してみたくなるかもしれないから、とにかく一度やってみないと」べつにロボットそのものを販売するわけではない。ビジネスの種は、1台設置するだけで、ぐるり360度の映像を得ることができる全方位センサー。ロボットを思い通りに動かすための人工環境を構築するために研究し、改良してきたものだ。

中小企業数社が出資

この全方位センサーを展示会に出したところ、大阪市の中小企業グループが注目。数社から1200万円の会社設立の資金が集まった。会社経営に当たる社長も中小企業グループの紹介で決まった。問題は全方位センサーの特性を熟知したシステム開発者の確保だったが、石黒助教授のかつての教え子が社員として当たることになった。出資企業からの出向者も含めて、社員は数人。会社スタートから2ヶ月たち、準備段階はほぼ終了。現在は、約4万円の試作品を顧客企業に試してもらって、利用の可能性を探っている段階だ。

全方位センサーでは、写真のような円状の写真が得られる。このままでは歪んでよく分からないが、コンピューターの専用ソフトでこの歪みを除去すると、普通の平面画像になり、室内の人間の動きを追うようにも設定できるので、監視システムなどに応用できる。石黒助教授は説明を続ける。「自動車のダッシュボード上に置く、運転者と周りの自動車の動きをすべてカバーする(ドライブレコーダー)を作ることができる。交通事故がどんな状況で発生したか、車の動きがすべて分かるわけです。全方位撮影できるプリント倶楽部などの案もある。とにかくアイデアはたくさんあるんです。」ここ1,2ヶ月が、会社が順調に離陸できるかの分かれ目、と真剣だ。

情報技術(IT)やバイオテクノロジーなど新時代の成長産業を育成することが、国の緊急の課題としてクローズアップされている。国立の大学や研究機関は多数の研究者を抱えている。なかには、ビズネスで成功する可能性を秘めながら、産業界のニーズと合わず、埋もれていった技術もあったとみられる。

研究者は「論文で勝負」の常識

研究者側もあまり民間企業に協力しても正当な評価が得られなかった。学者はあくまでも論文で勝負というわけだ。深く付き合うと周囲は“癒着”との疑惑の目を向けるし気兼ねしながらでは効果は上がりにくい。

そういう状況で研究者の民間企業での役員兼業を認めたのは、なによりベンチャー育成が最優先されたからだ。

人事院のまとめによると国立大学や国立研究所に勤務しながら研究開発型のベンチャー企業の活動に役員としてかかわるケースは、11月24日現在で21人(代表取締役は3人)。

この人数が多いか少ないかはまだ分からない。ただ前出の石黒助教授は「私が前にいた京都大学でもベンチャーを立上げようという人は多い。特にIT関連の研究者は実際、世に出してみないと技術の価値の確かめようがないからその傾向が強い。これからもっと増えると思う。」と予測する。


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