産業新聞 2002.2.18 

新産業を招く!中堅企業主導で技術を移転

大学発ベンチャー

大学技術を企業が事業化する産学連携で、最近では中堅・ベンチャー企業からも技術移転を求める声が高まっている。和歌山大学発のIT(情報技術)ベンチャーは、関西の中堅企業家ブループが主導する形で設立された異例の大学ベンチャーだ。起業にかかわるリスクを既存の企業家が負い、研究や経営に専念できる環境を提供する。産学の新しい連携スタイルともいえそうだ。(内田博文)


石黒 浩・和歌山大システム工学部教授

並々ならぬ決意

「ゆっくり話しませんか。長い付き合いになるかもしれませんから」

平成12年春、関西国際空港対岸のりんくうタウンにあるホテルで、8月に研究開発型ベンチャー「ヴイストン」を立ちあげる3人の男たちが、初めて顔をそろえた。和歌山大学システム工学部の石黒教授(38)と、社長に就任する大和信夫さん(38)は、仲介役でもある日本LSIカード社長、大木信二さん(故人)の冒頭の言葉に、並々ならぬ決意を感じとっていた。

発端は11年秋、大阪商工会議所主催の「産官学技術移転フェア」。当時、京都大学大学院助教授だった石黒教授は、360度の映像を撮影できる全方位センサーを出展していた。

その会場で、石黒教授を質問攻めにしたのが、コンピューター地図システムなどを手がけていた大木さん。数日後には「民間企業に技術供与を行う会社を設立しませんか」と持ち掛けた。

「会社まで設立する必要は感じない」。石黒教授は最初、あまり乗る気ではなかったが、大木さんは異業種交流グループ数社で出資するプランを提案。研究開発に力を入れたくても、資金面の制約からできない中堅企業に技術を移転する。そんな事業方針に、石黒教授は次第に魅力を感じていった。

米国で得た自信

会社設立後、石黒教授と大木さんは米国に飛んだ。5年間で5億円の研究資金を確保するため、GM(ゼネラルモーターズ)や3Mなど大企業との提携の道を探る旅だった。ネットワーク機器を組み合わせれば、事故原因究明に役立つデータを記録できる。「ドライブレコーダー」の製品化も可能だ。

GMの役員や3Mの研究所も関心を示してくれた。プライバシー保護との兼ね合いで契約には至らなかったが、中小企業への技術移転を考えていた2人にとって大きな自信になった。

その後、大学と共同開発した製品を続々と発売した。広角でゆがみのない自由鏡面カメラ、球形で360度どの面からも視聴できるブローブディスプレイー。全方位センサーの画像処理キットを購入した企業からは「こんな使い方はできないか」と問合せが殺到したという。

昨年9月期の売上高は約3000万円で、開発費負担と特許申請費用のため赤字決算。今年度は約1億円の売上を見込むが、石黒教授の起業観は「黒字になったら成功」ではない。

「収益を上げるなら、単価の高い試作だけ請け負えばいいが、それでは大学ベンチャーの挑戦にはならない。自分たちが開発した技術で新しい市場を作ることが、大学ベンチャーに欠かせない公益性だと思う」

ヴイストンの生みの親ともいえる大木さんは昨年5月、会社の成長を見届ける前に急逝したが、残された新事業の芽は着実に育ちつつある。

思いを実現する器

大和社長就任のいきさつもユニークだ。プラント設計や不動産営業の経験がある大和さんは12年4月、自ら起業をめざして大阪市の外郭団体が主催の米視察ツアーに参加し、大木さんと出会った。

帰国後、自ら練った事業計画を見てもおうと訪ねてきた大和さんに「今度、大学ベンチャー作るから手伝わないか」と大木さん。キツネにつままれたような気分だったが、大木さんは「新しい事業はあなたのような若い人がいい」と社長就任をくどいたという。

開発担当者は、ATR知能映像研究所でロボットを開発していた前田武志さん。石黒教授の教え子だ。石黒教授自身も、ヴイストン設立から3ヶ月後、取締役総理事に就任した。

複数企業が出資するだけに、収益への期待や経営方針をめぐって各社の思惑がぶつかる可能性もある。石黒教授はそれを見越し、設立後の経営会議で出資企業メンバーに言い放った。

「技術移転会社という性格を維持するためにも私も発言するつもりですが、経営は大和社長と前田さんにすべて任せる。皆さんも協力してもらえますね」。その気迫に、だれもがうなずき、協力を約束したという。

「優れた経営者と技術者がいるので、いつまでも私が取締役を務める必要はないと思っている」

こんな発言の背景には、「技術は社会で生かされてこそ意味がある」という石黒教授の思いがある。企業という器はそんな研究者の思いを実現する場でもある。


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